きみは赤ちゃん / 川上未映子

産後クライシスという言葉がありますよね。

(中略)

そらそうやで。人間をおなかのなかからひとりだして、不眠不休でお世話して、おまけに家事とか仕事とかそういう日常の要素もたんまりあって、そこに赤ちゃんの生存の責任と緊張が、際限なく母親にのしかかってくるのである。お風呂だって満足に入れない。入っても「早くでなければ」といつも焦って、髪の毛は生乾き、気がつけば家のなかで駆け足だ。ゆっくり手足をのばしたことなんかない。肌の手入れどころか化粧水をはたく時間もないからおむつ替えのときにオニのおしりに使う保湿スプレーをしゃっと顔にかけておわりの毎日。10分でもいいから眠りたい――これが赤ちゃんを生んだ女性の多くの実情のような気がする。

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