きみは赤ちゃん / 川上未映子

10分でもいいから眠りたい――これが赤ちゃんを生んだ女性の多くの実情のような気がする。

それに比べて、父親はどうよ。

ちょっと手伝っただけで「イクメン」とかいわれてさあ、男が「イクメン」やったら女の場合はなんて呼べばいいのですか。そんな言葉はないっちゅうねん。
わが家は経済的にもわりかんで、おたがい似た仕事をしていておなじだけ家にいるからおなじだけ育児を分担できるはずなのに、「基本的には母乳でいく」というルールができたので、夜はすべて、わたしがお世話をすることになった。
これがつらい。まじでつらい。夜は眠れないのに、翌日には仕事があるのだ。こんなの無理だ。もちろんあべちゃんはゴミだしをするし、洗濯もするし、できるときには掃除機をかけたりもする。しかし、料理はわたしである。なぜなら、あべちゃんは料理ができないからである。オニが3ヶ月めに入ったころ
「なにか作ってくれるという気持ちはないのか」
「なにか作ってくれないと今後困ったことにはならないか」
と直談判したことがあった。するとあべちゃんの言いぶんはこうだった。
おれは料理はできないが、ほかの家事はけっこうやっているので、分量的にはおなじではないでしょうか、と。お皿も洗うし、掃除もするしゴミだしだって、あれはああみえて大変だし、できることはすべてやっているのだと。料理だって無理にしなくたっていい。おれが外でお惣菜や、みえの食べたいものをいつだってなんだってすぐに買ってくる、と。そういうのである。
しかし、あべちゃんはまったく理解していない。料理というのは、そのほかの家事とまーったく異なるものなのだ。まったくぜんぜんちがうものなのだ。毎日誰かのために料理をするということは、冷蔵庫のなかになにがあるかを把握し、買いだしの予定、週単位での献立の計画、会見管理などが全面的に関係していて、それがずーっと連続するものなのよ。そのつど料理して終わり、ではないのだよ。そして、疲れ果てて料理ができないときにも、惣菜や店屋物を食べたくないことだってあるのだ。お野菜を茹でたのとか、そういうのをさっと食べたいときがあるのだ。なぜそれを分かってくれないのだろう。
それから、「おなじくらい」やってるっていう発想がそもそもおかしいとは思わないのだろうか?こっちはおなかを切ってオニを生んでからこっち、まったく眠っていないのにくわえてホルモンの崩れで頭が半分おかしくなっているのに、おなじくらいって、それはいったいどうなんだろう。こっちは1年近くもおなかで人間を大きくして、切腹して、生んで、そして不眠不休で世話をして、いまもこんな状態で仕事までしているのやから、ほかのことはぜんぶ、ぜんぶ男(あべちゃん)がするくらいで、ちょうどなんじゃないだろうか。ちがうのだろうか。わたしがまちがっているのだろうか。っていうか、それ以外に、いったい男に「なにができる」というのだろう。わたしはまじでそう思った。すべて、なにもかものすべてを男にむこう2年間やってもらってもまだ足りないくらいだ……わたしの産後クライシスは、このようにくる日もくる日もときに激しく爆発しつづけた。
しかし。そういうことをおなじく育児中の知りあいと話すことがあると、

「いやあ、気持ちはわかるけど……あべちゃんはまじすごいよ……ぜんぜん、やってくれてるほうだよお」
「いや、ありえないでしょ。じゅうぶんすぎるでしょ。あべちゃんみたいに協力的な男の人、みたこともきいたこともない」
「はっきりいって、求めすぎでは」

なーんてことを、ちょっと苦い顔していわれたりするのである。
「うちなんか、旦那は仕事で家にいないし帰りは遅いし、ぜんぶわたしがするしかないもんなあ……」とあきらめた顔でいうのである。
そうだよな、とわたしは思った。わたしとあべちゃんの例はまあレアケースだとして、じっさい問題、一般的には、夫が働きにでている家庭の場合はそうなるに決まってるのだよね。これは構造の問題なのだ。夫が望んでも望まなくても、平日の家事と育児は妻がやるしかそりゃなくなるよ。だって日本の就労システムがそもそもそういう仕組みになってるんだもん。
でも、それを夫が当然と受け止めるのか、そうでないかで、気持ちってぜんぜん違ってくるものdと思うのだよね。
夫が「家事&育児は家にいるやつがするものだろ」、「しかたないじゃん」という考えをいったんほぐしてむきあえば、夫婦間の雰囲気だってきっとよくなるはずなのだ。夫(男)の側にそういう気持ちがあれば、土日に「手伝う」って発想じゃなくて、「自分のこととしてやる」っていう姿勢になって、「ああ、わたしたちふたりの生活、ふたりの子育て」っていう、ふたりが共有できる当事者性がでるのだと思うのだけれど、ちがうのだろうか。そしてそれが共有できたなら、妻のほうから「いや、あなたも平日は仕事なんだから日曜ぐらいはちょっと休んでよー」みたいな、ポジティブな応酬ができたりすると思うんだけど。
しかし。
「おれは働いているんだから(おれが稼いで、あなたは稼いでないのだから)、家と子どもはあなたのお仕事だよね」的な、認識&態度をとって憚らない男たちが、世間にこれまじで多いと知って、これはいったいどうしたらよいのだろう。

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